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インタビュー

「パラレルワークはあくまで1つの選択肢」負けず嫌いが選んだ自分らしい幸せキャリア

インタビュー

「私、負けず嫌いなんです」

インタビュー中に何度も飛び出した“負けず嫌い”という言葉の通り、あらゆることにおいて一番を目指してきた藤原さん。しかしそのキャリアは、一風変わったイレギュラーなものだという。

どのような形で今のスタイルに行きついたのか。その原点を探るべく話をお聞きしていきました。

<プロフィール>
藤原希衣

筑波大学を卒業後、同大学の大学院進学。大学院に在籍しながら、幼児教育事業の講師、人事をご経験。
その後、将来の独立を考え、早期に経験を積めること、企業経営者に対してのパイプが作れることを軸に、スタートアップの人材紹介会社に転職。
両手型の人材紹介を経験し、新人賞や半期MVPなど受賞。同時に自社人事も兼務し、採用や評価制度改定に携わる。

2017年9月より独立し株式会社ビートレットを設立。人事コンサルティング業を中心に、IT企業の新規事業のエグゼクティブやコンサルタントの採用支援、組織開発企業の採用支援業務など、複数社の採用支援を行なっている。

やってみて気づいた、自分のやりたいこと

一番じゃないと嫌だった学生時代

昔から「一番じゃないと嫌」という性格でした。学生時代から今もなんですが。

でも、 小学生のときは勉強がそんなに好きではありませんでしたし、中学へ上がるための内部試験の順位は下から数えた方が早くって。親が数学教師で、「ママのメンツを潰しちゃいけない」みたいなことも考えているマセた子どもでした。負けず嫌いも手伝って、とにかく勉強を頑張った記憶があり、その結果2回目の定期テストでは学年トップになれたんです。自分でも驚きました(笑)

「教えること」や「人と関わること」の楽しさを学んだのもこの頃で、自分が解けない数学の問題でも、友達に教えている間に解けちゃうことが何回もあって。「教えるって楽しいなぁ」と思うようになったんです。

ただ、だからといって先生になりたいわけではなく、「人と違うことをやりたい」と漠然と考えていました。中学生頃の女子ってみんなで一緒にトイレに行ったりするじゃないですか。それを見て、「なんでそんなことするんだろう?」と思うような人間だったので、学年でも珍しい部類だったかもしれません。かといって友達がいなかったわけではありませんが、1人でも全然大丈夫な子どもでしたね。

右往左往する中で見つけたやりたいこと

中学生で教える喜びに目覚めてからコーチングをやりたいと考えるようになりました。幼稚園から高校まで一貫校に在籍していたのですが、そのまま進学してしまうと学ぶ機会が少なくなると分かっていたので、思い切って既定路線から外れた高校を受験。そして入った大学でコーチングを本格的に学ぶことになりました。

後に全国優勝もするようなバレーボール部に入部したこともあり、チームを相手にスポーツコーチングを実践していきながら研究もする形を取りました。スポーツコーチングとは、ざっくりと言うと“良い指導論”みたいなもの。選手のパフォーマンスをいかに最大限発揮させるかということを考えていきます。

それらは確かにおもしろかったのですが、これを自分の仕事にしていくかと考えたときには「違うな」と思うようになって。毎日同じところに行って、毎日同じ人としゃべって、上から言われて研究もして───そういった閉じた環境ではなく、もっと自由に、もっと好きなことを、もっと開かれた環境で関わりたいといつしか考えるようになりました。

すると、研究自体と途端につまらなくなってしまったんです。たとえ国のためになるといっても、PCの前でひたすら作業するのは好きじゃない。もっと人と関わりたい、と。

ただ、やりたい仕事は変わっても、なりたい姿は変わらなくて。
じゃあ他に何があるか。そう考えた時に「社長になるしかない」と思ったんです。

今思えば極端な発想だし、フリーランスでもいいじゃんと思いますが、当時はまだまだそういった考え方が浸透してなくて選択肢としては浮かびませんでした。ただ、いざ独立するといっても起業の内容はまったく決まっておらず、その時流行っていた加圧トレーニングのジムでもやろうかなとか考える程度で(笑)

他にどんなことがやりたいかイメージもつかなかったのですが、これまで勉強してきたコーチングを活かせるHRや組織・人事コンサルティングなら人にも関われるしおもしろそうだと、大まかな方向性だけ決めた記憶があります。

ベンチャー企業での修行、そして独立

「なぜ働く会社を1社にしないといけないのか」

独立してその時の自分にできることは、コーチングの研究と、子どもや保護者向けのマナー講師くらいのものでした。そこで起業に向けて自分に足りないものを考え、「営業力」と「人脈」の2つを身につけることに焦点を絞り、当時100名くらいのベンチャー企業に入社することにしたんです。

ベンチャー企業を選んだのは、そこの社長の言葉にとても共感できたから。でも、他に受けていた大手企業の言っていることにも共感できて、どっちもいいなと思った時に、「そもそも、なんで1社に決めないといけないんだろう」と思ったことを覚えています。これが今のパラレルワークに行きついた原点かもしれません。結果半年くらい悩みましたが、自分で仕事を取ってこられるだけの営業力と人脈を手に入れるためにはという目的に戻り、最終的にベンチャー企業を選びました。

晴れて新しい目標に向けてスタートしましたが、どうにも周囲と合わなくって。もともとの目的だった営業力と人脈をゲットしたら、具体的には社内でMVPを取ったら独立しようと心に決め、結果8か月くらいで達成。独立することを決意しました。

「貢献」ではなく、「思いやりと気遣い」

独立後、最初は小さい会社さんと一緒に仕事をする機会が多くありました。そこからある程度固定で仕事をいただけるようになり、ネクストステップとして大手企業との取引を目標にし、それも無事クリア。もちろん苦しいこともありましたが、独立後も比較的順調に仕事を進めてこられたと感じています。

仕事を進める上で大事にしていることは、「他者への思いやりと気遣い」。「貢献」と言ってしまうとちょっと固く感じてしまって、全力で相手に尽くすイメージを持ってしまいます。1人ひとりに大事な役割や機能があって、互いに思いやり気遣い合う。それが組織を回す潤滑油になるのです。

ただ、余計なお節介にはならないようには気を付けていて。相手の望まないことをやってもダメ。本人のやりたいことを抽出した上でその方の幸せにフォーカスしたときに、どういう関わり方がその人のためになるのか、私たちのためになるのか、組織のためになるのか、といったところを考えながらやっています。

この「他者への思いやりや気遣い」が連鎖するような社会になれば、すごくみんなが働きやすい社会になるんじゃないでしょうか。

パラレルワークをするようになって思うこと

パラレルワークをするなら、「苦にならない」仕事で

パラレルワークは、今この社会に求められている働き方だし、なくてはならないもの。世の中的に今後もっとそうなっていくと考えています。

ベンチャー企業へ就職する前に「1社に固執する必要はない」と感じたように、自分の得意分野を活かしていろんな場所で活躍できることはとても良いことです。私も今でも4社ほど兼務していますが、どこも同じ熱量で向き合あえていると思います。

ただ、ある程度自走できる人でないと難しいということも感じていて。というのも、パラレルワークは「結果が求められる世界」だからです。単に組織が嫌だからという理由でパラレルワークを選択するのはオススメしません。

組織が嫌な理由は、時間に縛られたくないとかだと思うんですが、独立してもクライアントがいる限りはそこって変わらなくって。逆に組織人でいたときよりも忙しくなると思っておいたほうが良いかなと(笑)

だから、やっていて苦にならない仕事を選択することがパラレルワークにおいては正解だと思います。「好きな仕事」と言われるとちょっと探すのが難しくなりますが、「苦にならない仕事」というレベルであれば結構見つかるはず。私の場合それが「人」だったというだけです。

パラレルワークがしにくい会社、しやすい会社

独立後の仕事獲得は、基本自分でやっていました。たとえばベンチャー企業のお手伝いをしている中で知った会社に直接電話して履歴書を持っていったり、今やってる大手Webサービス企業さんの仕事はネットニュースに出ていた人事経験者向けの募集記事を見て電話したりしたことがきっかけです。

まだまだ確立されていない会社に対して、私が培ってきた経験をアウトプットすることで成長に関わりたい。そういうモチベーションで仕事先を探しています。目的が明確なので、嗅覚が優れて探しやすいのかもしれません。

また新しい企業にお手伝いに入る中で、やりやすい企業とやりにくい企業があります。それは「企業風土が合うか合わないか」。たとえば、今人事を任せてもらっている会社さんは本当にやりやすい。人間性も良いし、互いに気持ちよく仕事ができているなと感じます。

反対にやりづらい会社は、「本当により良い組織を目指しているの?」と疑問を抱いてしまうような方が、人事を担っている会社。私の場合、やりづらさは会社単位ではなく人単位で感じるのですが、組織開発そっちのけで自分本位な方だと私と相反する部分が大きいので、単純にマッチしていないんだと思います。

私は結構オープンな性格で、 人によっては馴れ馴れしいなと思う方もいるかもしれません(笑) それは自分の課題だなと思う反面、 パラレルで働く場合、双方がある程度積極的な自己開示をしていくことにより、相手の要求や真意を汲み取りやすくなります。
「業務委託だから」と線を引く会社もありますが、それだとパラレルワーカーの力を最大限発揮できないと思います。

HR業界と自分の今後について

HR業界の課題

いろんな会社の人事に関わる中で、「なぜもっと営業力がある人を人事に置かないのだろう」と思うことはよくあります。

どの会社もトップダウンで降りてきたものを疑問も抱かずにすんなり受け入れて、それをまたブレイクダウンして…… という人事が、多いように思えます。
実際に今、中途採用に関わらせてもらっている会社の本部長の方に「もっと現場の方を人事に入れたらどうですか?じゃないと欲しい人は採用できませんよ」と進言したこともあります。

その会社の現場では即戦力を求めていました。でも、マーケットを見るとそういった人はとても少ないし、いわゆる採用競合にお金や働き方などの条件でも負けている状態。ここから挽回するためには、採用ターゲットを広げたり条件改善をしたりする必要がありますが、人事から現場や経営層へそれを言えない人が多いんです。

人事って、人が良くて当たり障りなく誰とでもコミュニケーションが取れて……みたいな人をアサインしがちですが、実際はそうではなくて、もっと必要なことをビシビシ多方面に要求していける人材でなくてはいけない。人事が御用聞きになってしまっては、経営も現場もトンチンカンな世界になってしまいますからね。

業務委託という形で外部から入った人間であれば、社内の人間にとって言いにくいことでもズバッと言えてしまったりする。そういう意味でも、パラレルワーカーは今後さらに重宝されると思います。

今後成し遂げたいこと

私自身、やっぱりハッピーに生きていたいなと。

私には私なりの役割があるし、仕事にならないことはありません。そう思うようになったのは大学時代のバレー部での経験。全国優勝するチームにいたとはいえ、プレイヤーとしてはとても下手くそでした。それでもプレーとは別の形で役に立つことはできる。それを見つけることができて、仕事にすることができればきっと1人ひとりがもっとイキイキ働けて、幸せになれるんじゃないかなと考えています。

それにおいて、パラレルワークというのは選択肢の1つでしかない。組織に属することで幸せならそれでいいし、自分の得意分野を多方面で活用できる方が幸せならパラレルすればいい。リモートワークだって1つの手段。先にもお伝えした「苦にならない仕事」を苦にならないやり方でできればそれで十分じゃないかな。「働き方に選択肢がある」ということがみんなを幸せにするには大事なことなんだと思います。

私も今年で32歳。相変わらず負けず嫌いなので、同じ世代には負けたくないし、企業に属さなくても認められる生き方ってできるよということを示して、世の中に選択肢を増やしていきたいです。

今年、仕事面においては一定やりたいこと、やるべきことをできたので、来年はプライベートで子どもを授かりたいなと思っています。

パラレルワークであれば、自らキャリアを設計することができるので、育児と仕事を両立することができます。体調が悪くなれば1か月とか仕事を休むこともあると思いますが、基本的にはずっと仕事はしていたい。クライアントのためにも蔑ろにしてはいけませんが、そこも含めてアレンジすることで子育てをしながらでも働く幸せを追い求めていけるだろうと思いますね。

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